2012年6月3日日曜日

アヤックスはヨーロッパを制覇できるのか

今日はアヤックスの来シーズンへの展望について書いてみようと思います。


来シーズンの展望と言っても、移籍はユーロが終わった後に色々決まると思うので、誰が残って誰が入ってくるのかもわからない状況です(ちなみにフェルトンゲンはスパーズへの移籍がほぼ確定、ファン・デル・ウィールはローマからのオファーを断り、CL出場チームからのオファーを待つようです)。なのでどちらかというとチームのマネジメントのこと、ユースアカデミーのこと、戦術のことなど、アヤックスというクラブ全般に関わることについて、最近指摘されていることを掻い摘んでまとめてみようと思います。


ところで、Numberが最近、レアルとアヤックスのビジネスモデルを比較する記事を書いていました。指摘されていることは単純で、世界のスタープレイヤーを揃え、世界中のサポーターを「顧客」とみなすレアルに対し、アヤックスは若手を育てて売りさばくことによって、「ビッグクラブ」を顧客とするビジネスモデルを構築している、というお話です。


アヤックスが取り上げられたのは単純に嬉しいですが、やはりここまで単純化されてしまうと「うーん」と思うところもなきにしもあらず。ビッグクラブを相手どっていることは事実ですが、オランダ国内で見ればアヤックスはユース選手の強引な囲い込みを批判されたりしますし、金で物事を解決しようとしていると批判されることも多いからです。アヤックスはユースから優秀な選手を多く輩出し、その中で一握りはスナイデルやファン・デル・ファールトのように、世界有数のプレイヤーとしてビッグクラブに移籍していきます。しかし、ユース出身者がすべて他リーグのビッグクラブに移籍するわけではありません。トップチームの構想から外れたため、出場機会を得て実力を蓄えるために、国内の他のクラブに移籍する選手が大多数で、その中で一部がアヤックスのトップチームで活躍でき、さらにその中のごく一部のエリートがビッグクラブへの「商品」となるわけです。

この場合、どうなるかというと、毎年誰かしら、ビッグクラブの注目を集める「商品」を生み出す一方で、国内での戦力調達が比較的容易になります。アヤックスは欧州のトップリーグのチームに比べたら財政的に潤っているわけではありません(収入はレアルの5分の1)。しかし、それでもエールディヴィジの他のチームに比べたら裕福なチームなわけです。アヤックスが、国内の別のチームで活躍するアヤックス・アカデミー出身の選手に声をかけた場合、彼らは前向きな返事をすることが多い。トップチームでチャンスを掴むことは彼らの長年の夢だからです。だから、あとはクラブ間の合意次第でわりと簡単に選手が手に入ります。実力的に拮抗しているAZやトゥエンテからも選手がやってくるのは、アヤックスが国内ですら勝てない状況があったとしても、一定のアヤックス・ブランドが構築されているということにほかなりません。(ちょっと余談ですが、ヤンセンが移籍してきたのは、昔彼が起こした事件の賠償金の支払いが終わっておらず、お金が必要だったから、という噂がオランダ人の間で話されたりしていました)




さて、では今アヤックスの中で何が起こっているのか。


アヤックスの優勝について、ファン・デル・ヴィールは「集中力が研ぎ澄まされた」ことが要因であると語っています。途中で別段の戦術の変更があったわけではなく、チームとしての成熟度が高まっていった。印象としては後半になるにつれてデ・ブール監督はフォーメーションやメンバーを積極的にいじるようになったように思いますが、それは戦術が選手に浸透した結果でしょう。デ・ブールが賞賛されるのは、もっぱら経営層のゴタゴタから選手を隔離し、プレーに集中させたことです。彼自身、クライフとファン・ハールのどちらからも恩恵を受けてきた人物なので、複雑な気持ちだったということを語っています。

クライフはクラブのレジェンドで、サポーターからの支持も厚い。シーズン途中、サポーターがクライフへの支持を表明するために、前半14分に一斉にスタンドに入ってくる、なんてシーンもありました。またスタジアムには"Apple = Jobs, Ajax = Cruyff"といった横断幕が掲げられたりもしていました。クライフのような、個人の質を何よりも重要視する考え方は、やはりサッカーファンとしては魅力的だと思います。対してファン・ハールは規律を重要視する監督。日本代表監督で言えばジーコとトルシエの違い、と言ったらわかりやすいでしょうか。そこまで極端ではないかもしれませんが。


デ・ブールは、自身がアヤックスにコーチとしてやってきた時の状況を思い返し、「個人のクレバネスは失われていた。最も高いレベルでの個人のアクションは必要不可欠だ。我々は今、トレーニングにおいてより『個人化』されている(individualized)。これは非常に重要なことだ。」と語っています。彼がまず取り組んだのはユース育成システムの改革。クライフの目指した個人の意思決定能力の高さに依拠するトータルフットボールをアヤックスで復活させようとしたのです。


デ・ブールは自身の立ち位置について、以下のように語っています。

「私は、ルイ・ファン・ハールの、チームを継続的に限界まで物事を推し進めていくようにしたいという願望については共有してる。しかし、フットボールをプレーするということになると、私はヨハン・クライフの哲学に近い。シンプルなフットボールが最も美しい。しかしシンプルなフットボールをすることは、最も難しいことだ。」


彼の言うとおり、今シーズンのアヤックスはシンプルな哲学に基づいてプレーをしていました。フォーメーションが変わろうと、やることはショートパスでボールを保持し、ボールを保持していないプレーヤーが素早く動き出しを始める。GKやディフェンダーも含め全員がアクティブにゴールを目指す攻撃的サッカー。今シーズンのアヤックスは平均ボールポゼッション66%という数字をたたき出しています。そして、そのトータルフットボールを支えるのは、個人の意思決定(decision-making)です。クライフによると、組織的な側面にフォーカスしたファン・ハールとは異なり、自身の(そしてデ・ブールの)目指すモデルというのは、試合の重要な局面において選手個人が状況を打開する判断力を身につけることに焦点を当てています。これが、クライフ自身がプレーしている時代にミケルス監督によって確立されたアヤックスの伝統である、と。クライフの理論は、"Organized Chaos Theory"(組織されたカオス理論)と呼ばれることもあります。そして、デ・ブールの行った改革は、"restoration of intelligence"(知性の復活)と海外メディアに称されます。


個人の知性は、どこに現れるか。


ひとつは、スタッツ。数字です。今シーズンのアヤックスはボールポゼッション率が非常に高かっただけではなく、パス成功率に目を見張るものがありました。一試合平均741のパスのうち、619のパスが成功。実に84%の成功率でした。また、アヤックスは一試合平均18のシュートを打ち、その15%をゴールに結びつけています(一試合平均2.7ゴール)。当然、この数値はエールディヴィジの中では突出したものでした。逆に、被シュート数はRKCに続いてエールディヴィジで2番目に少ない数字を出しています。


そして、成績。二年連続のリーグ制覇を達成したことももちろん重要ですが、ユースチームの活躍(ほぼすべてのカテゴリーでアヤックスの下部組織のチームがオランダを制覇)がめざましく、今シーズンの間にトップチームデビューを果たした選手が多くいることも重要です(リへオン、ファン・ライン、ルコキ、クラーセン、コッペルス、オズビリズ)。ユースの活躍については前回の投稿で少し触れたとおりです。やはり注目はクラーセンでしょうか。毎年アヤックスは誰かしら優秀な若手を排出していて、今ならエリクセンが世界中の注目を集めているわけですが、エリクセンはデンマーク人。クライファート、スナイデル、ファン・デル・ファールトのような個人で攻撃の局面を打開できるオランダ人選手として、期待が高まるのも自然なことかと思います。ただ、やはり非凡な才能は感じさせるもののあと一歩、観客に訴えるものが足りない気もするので、来シーズンあたりにブレイクして欲しいところです(出場機会があるかどうか微妙ですが…)。ちなみにもうひとり注目のフィッシャーですが、来シーズンはまだA1にとどまりトップチーム昇格はまだ先になりそうです。


最後に、数字や成績では測れない部分。特にヤンセンの加入、エリクセンの成長によって、クリエイティブな働きをするプレーヤーが増え、見ていて楽しいフットボールが展開されていたのではないでしょうか。フェルトンゲンはその才能を十分に発揮したと思いますし、デ・ヨングもコンスタントに得点を重ねました。ユトレヒト戦でのスレイマニのアウトサイドでのクロスからのオーイェルのヘディングシュート、ザグレブ戦でのエリクセンの2アシスト、スピッツの代役として活躍したロデイロのチャンスメーク、ヤンセンのルコキへのロングパス、PSV戦でのアイサティのロングシュートなどなど、ファンタスティックなプレーが数多く生まれたシーズンでした。今シーズンのアヤックスはポゼッションをゴールにつなげる際に、個人技に頼る傾向がありました。スペースを生み出し、パスをつなぐところまではチームの戦術としてしっかりやる。しかしフィニッシュへ繋がるパスはエリクセンやスレイマニのセンスに頼っており、ブーリフテル、シグトールソン、デ・ヨングといったしっかりと点を決められる選手の力が最大限発揮された結果、優勝という結果を残すことができました。個人技と組織力がうまく融合しているのが、今のアヤックスだと思います。


そして、これらの成果は、選手として輝かしい実績を残したコーチングスタッフに支えられています。デ・ブール自身が世界的な活躍をした選手ですし、コーチ陣にはヤープ・スタム、マルク・オーフェルマルス、そしてアシスタントコーチのデニス・ベルカンプといった、オランダサッカーの一時代を築いた選手たちが揃っています。これが、個人にフォーカスしたトレーニングを可能にしています。



31回目の国内タイトル。ヨーロッパでインパクトを残すための準備は着々と進みつつあります。


(参考URL)
"Frank de Boer's vision: The whole is greater than the sum of its parts" (AFR)
http://afootballreport.com/post/22661498743/frank-de-boers-vision-the-whole-is-greater-than-the

"Frank de Boer helps take Ajax back to the future" (The Footy Blog)
http://blogs.thescore.com/footyblog/2012/05/17/moallim-frank-de-boer-helps-take-ajax-back-to-the-future/

"Ajax and the Return to Individualism" (La Croqueta)
http://jouracule.blogspot.jp/2012/02/ajax-and-return-to-individualism.html

"Frank de Boer's reinvention and the importance of being Vurnon Anita" (La Croqueta)
http://jouracule.blogspot.jp/2012/04/frank-de-boers-reinvention-and.html

"En dat is 31 - Ajax lift another Eredivisie title after an incredible second season under Frank de Boer" (Always Fitba)
http://alwaysfitba.blogspot.jp/2012/05/en-dat-is-31-ajax-lift-another.html

"Ajax - Frank de Boer Has Brought Back the Title and Tradition" (The Hard Tackle)
http://www.thehardtackle.com/2012/ajax-frank-de-boer-has-brought-back-the-title-and-tradition/

"Shooting Stars of the Eredivisie" (11tegen11.net)
http://11tegen11.net/?p=1690

「名門アヤックスが取り組む"革命"から見える『ユース育成システムの未来像』とは?」(Soccer King)
http://www.soccer-king.jp/column_item/20110124_ajax.html

「レアルとアヤックスの『顧客』は誰か?利益モデルが企業を特徴づける」(Number)
http://number.bunshun.jp/articles/-/224095